高橋 すもも (男の子)

2003年7月24日「はな」の子として神奈川県横浜市旭区に生まれ、2005年12月25日午前2時20分に永眠する。





かかりつけの病院にて、苦しむことなく静かに、眠るように旅立ちました。
いままでかわいがってくださった全国のみなさま、謹んで御礼を申し上げます。
また最期まで応援しご心配くださいましたみなさま、本当に、本当にありがとうございました。


2007年12月25日
すもも、みー、ようの安らかなることを願って慰霊の火を灯しました。

飾った生花は、生前じゃれて遊んだ庭の花を摘んでまいりました。
灯りと共に花の香が三人に届きますように・・・

すもものこれまでを駆け足で振り返ります
スライドショー
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ここから下は すももとのお別れ(闘病と火葬)までの記録です。
すももの最期は見るに耐えないという方はページを閉じてください。



 応援ありがとうございました

このたびは「すもも」永久の旅立ちに際し、多くの方々から弔電やメッセージなど、あたたかいお心遣いを頂戴いたしましたこと、たいへん感謝いたしております。
駆け抜けるように生きたすももの生涯、誕生から今日までが鮮明に思い出され、すもものいた場所をつい目で追ってしまう毎日です。
すももを励まし、見守っていただいた多くのみなさま、そしてすももを愛してくださった皆様に謹んで御礼申し上げます。
ありがとうございました。
2005年12月27日 すももの親 高橋 豊(ATV あさひテレビジョン 代表)



■すももこれまで

発症当初はドクターから、完治しない病気なので、安楽死も含めた治療方針の検討を、と告げられてから、はやいもので2年ほどになります。
ウイルスの病気で神経系をやられたすもも、2年近く闘病、療養を続けていますが、病状は一進一退です。
諸外国や国内の実例の多くは、安楽死を選択するケースが多いとのこと。世話が大変なことと完治しないこと、経済的負担も大きいことが理由になるのでしょう。
うちではできる限り治療とケアで天寿を全うさせてやりたいので、治療の方を選択しました。長生きは期待できないようですが、希望を捨てずに見守っています。

腎臓を患ったすももは、かかりつけの病院と通院の日々。
体調は落ち着いていたものの、投薬は続く。(皮下注射を2本、錠剤の薬3種類)
療養食のすもも、みんなと食事はいっしょにできない。
処方されていた薬類や療養食(全3種類)

体調の良いときは、たまにピーちゃん(フェレット)のもとへ

病状が変化したことで別の部屋で療養する「すもも」。
みんなといつもいっしょだったのに寂しかろう、ということで負担にならない
程度交代でみんなと会わせる。
写真は「ばく」が「すもも」の面倒をみに来ているところ。
面倒見の良いばくにおもいっきり甘える「すもも」。

病気の関係で「ストルバイト症」になったすももは、この病気と神経の関係で、10月末から膀胱炎を併発。
現在、膀胱炎はおさまって小康状態。一時は快復の兆しも見えてきたのですが・・・。
神経の関係で腎臓と肝臓の機能が悪化、薬も変え、負担の大きい皮下注射は取りやめとなりましたが、12/22容態急変で緊急入院。

*囲み内は当時配信した報告記事

■「すもも」容態悪化(2005/12/22)

今週は毎日病院通いです。
先週までは膀胱炎治療のため一日おきの通院で、一時快復の兆しを見せ始めたすもも。
今週に入り腎機能低下や排尿困難などで毎日通うことに。
皮下注射は腎臓などへの負担が大きいので、キャンセル。神経のお薬は肝臓の負担も大きく、弱い薬に変えました。

持ち直したように見えたすもも、夜中から体調がだんだんと悪化、12/22朝方に急患として病院へ。
レントゲン、血液検査などをおこない、検査結果から極めて危険な状態に近づきつつある状態。
体温も低下し、腎機能、肝機能共に悪化、黄疸もでて、白血球数値も減少。
大学病院での救命手術という手もあるが、すももの場合、麻酔が命取りになるリスクが極めて大きく、手術は難しいのが現状。
また麻酔だけでなく身体が手術自体に耐えられない可能性もあり、手術が即命取りとなって、余命を縮めてしまう恐れがあるため断念しました。

今日、明日がすももにとっての峠になるようです。
ここ1日2日がすももの余命なのかもしれませんが、すももの生きる力に期待するしかありません。
現在病院で先生たちや看護士さんが懸命に治療をおこなってくれています。
点滴など手術以外の方法で、なんとか楽になるよう、そして容態が好転するよう祈るばかりです。
どうかすももを応援してやってください。
■「すもも」続報3(2005/12/23)
私の姿を見ると、必死になって立ち上がろうとして「ボク元気だよ」「お家に早く帰ろうよ」とアピールすもも。
元気なところを見せようとしているけれど、容態は良くなりません。
動くとそれだけ体力を消耗するので、なだめるのにこちらも必死。
寒がりで一番甘えん坊なすももは、いつも布団の中で脇の下にあごを載せて、腕と身体の間で一緒に寝ます。
体温が下がっているすももに「いっしょにねんね」といつもと同じに声をかけ、両手ではさんであたためました。
ゲージの高さやチューブの関係で、中腰はできず、床に靴を脱いでひざまずき30分以上あたためてあげました。
高さの関係で顔と顔がくっつくほどの姿勢、すももの目を見てると瞳孔が良く動き目で話をしてきます。
実際はもう良くは見えないのかもしれませんが、もうろうとしながらも目に意志が感じられます。
自分のことを猫とは思ってないすもも。先生が驚くほど反応を示していました。

■「すもも」続報4(2005/12/24)
ちょっとだけうれしい話。(以下先行家族の報告メール)

「今日、血液検査をしたら腎不全の数値は良くなって来たそうですが、他がだいぶ弱っているので油断は出来ないそうです。鼻からの管は血糖値が下がっているので鼻から流動食をあげる為、管を通したそうです。」

とのことです。
安心できない状況ですが、ちょっぴり良いニュースでした。これから私も病院へ行って来ます・・・

■「すもも」続報5(2005/12/24)
午後のすもも。ご飯でたけど食べられなかったね。
病気で苦しんでいるこどもたちへ。
「すもも」も一生懸命、命の灯が消えないようがんばっています。皆さんもあきらめずに、治ることを信じてがんばって下さい。



おととしからの闘病生活を終えた「すもも」は、午後2時病院を出発、当社へ戻りました。
家族の「はな」「もも」「ばく」「ねず」と顔合わせした後、最期の食事をし、夕刻社を出発、生前のお散歩コースや見慣れた風景を見せた後、自宅に向かいました。
現在すももは、家族と共に安らかな顔で眠りについています。
応援してくださいました多くのみなさま、本当にありがとうございました。謹んで御礼申し上げます。

病院で用意してくださった祭壇。先生やスタッフの皆さんとお別れをする。
社(ATV)に戻りみんなと再会する。
久しぶりのみんなといっしょにご飯をたべる。
「はな」は息子の死がわかるのだろう。食も進まず寂しそう。
みんなもあまり食べず静かに「すもも」を見守っている。
自宅で家族と一緒に一夜を過ごすすもも。
一番甘えん坊のすももが好んだ「いっしょにねんね」も今日が最後。

苦しい闘病生活から解き放たれた「すもも」は天に昇り星となる。

いままでかわいがってくれてありがとう。いつもお空の上からみんなを見守っているよ。




ようちゃん・みーちゃん